―WONDER MAKER―(第三章)
第三章 ネバーランドの動乱。〝絶望〟という病。
「おい……ロミオ」
「zzz……」
「おいっ」
「zzz……」
「……えぇい!」
バシン! とオノダがロミオの頬を叩く。
「いでっ! 何すんだ、オノダてめえ!」
「そなたが申したのではないか! 夜が明ける前にこの地を去ると!」
「え……ああ。そうだったわ、すまん」
「フン……だらしない男だ。一寝一飯の恩は忘れぬが、その程度の気合いで事足りる相手なのか? そなたの〝宿敵〟の……ば、ばっとうえんど?」
「絶望〟な?」
時刻は午前四時。
ロミオとオノダ……二人は宿の二階の角部屋にいた。
まだ夜明け前だが、二人はそそくさと身支度を済ませ、宿を後にするようだ。
「拙者はともかく、そなたは誠にこの地を離れて良いのか?」
ロミオは大きなあくびをしながら。
「この島に来て明日で一週間になるが、ロクな情報が得られなかった。俺が隣の大陸で掴んだ『〝絶望〟がネバーランドに居る』って話も、多分ガセだな」
「が、せ……?」
昨日の黒いローブを来た二人のことがやや心残りだったが、彼らが〝絶望〟に関係している保証はどこにもない……。それに。
「もう俺たちの手配書もギルドが作り終えた頃だろう。……これ以上この島に居るメリットはねえよ」
「罪人……でござるか」
「?」
ややオノダの表情が曇る。
「――拙者はまた、罪を犯してしまった……」
それから宿を出た二人。
魔法灯が照らす道路の端を二つの影が進んでゆく。
住人たちの寝息が聞こえそうなくらいの静けさの中に、ロミオたちの心臓の鼓動が溶け込んで……。
「ロミオよ、我らはこれより何処へ?」
「飛行船場さ。ここから数キロ北へ行った所にあるんだ」
「港ではないのか?」
「ああ、飛行船は別の場所に止められてるんだ。港の方は海用の乗り物だけでスペースが一杯なんだとよ」
ふむ……とオノダが顎を撫でる。
「近場ならば、拙者が何度か跳ぶ方が早いだろう」
「……は?」
オノダの突飛な発言に、ロミオの足が止まる。
「今、なんて? 跳ぶって言ったか?」
「いかにも」
「When where who what why how ?」
「……百聞は一見にしかず! 掴まれっ!」
すると突然オノダがガバッ! とロミオの胴体を掴み、腰の剣を鞘ごと抜いて……。
「エイヤッ!」
カンッ――――ブォォオオオオオオオオオオオンッ!
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
剣鞘の先端金具が地面に叩きつけられた瞬間……その場の空気が波打ち、ロミオたちの体が空高く打ち上げられる。
「ちょ……待てまてまてまて!」
高度がどんどん上がっていく。十メートル、二十メートル、三十メートル……。
眼下に広がるのは、夜明けのネバーランド。
建物、自然、道路、人……全てが閑散とする中、ロミオの絶叫だけが周囲に響き渡る。
「大声を出すな痴れ者がっ! 近隣の者に気づかれてしまうではないか!」
「お前っ、魔法族だったのか⁉」
「む……う、うぃ……?」
「魔法使いのことだ! 確かに昼間、剣から冷気みたいなの出してたが……ったく、よく島には入れたな。バレたらギルドに捕まるぞ?」
「……我ら、すでに追われる身では?」
「あ、それもそっか」
納得するロミオ。
それから二回、三回……そして四回目の着地をしたときのことだった。
……彼らはその現場を目撃してしまうのである。
「フゥ……あと二、三回跳べば、その船場とやらに着くだろう」
「……その前に一つ聞かせろよ」
「何だ?」
「お前のことだよ。最初に目が合ったときからただの剣士じゃねえとは思ってたが、何者だ? 確か昨日の夜は異世界から来たって言ってたな。……怪しさ満載だ」
「拙者は何一つ嘘偽りなど申してはおらん。この地のこともそなたから多少聞いたが、分からぬ事が返って分からぬ様になってしもうただけ。……ただ一つ、拙者にも分かっておるのは……」
コホン……と、オノダが静かに咳払いをした。
「――大天狗より授かったこの二振りの妖刀によって、拙者は〝人〟から〝化け物〟の体になってしもうた……それだけにござる」
「大天狗? そいつも魔法族なのか?」
「妖術の類を使っておったが……詳しくは知らぬ」
「なんだそりゃ……ん?」
「如何した?」
「この臭い……血か?」
その場に漂う異様な臭いに気づいたロミオは辺りを散策し始める……。
すると。
「!」
十秒程経ち、とある路地を発見する。
ロミオが見た光景は――――血溜まりに横たわる数十人の死体の山であった。
「こっ……これは、一体……!」
遅れてその惨状を目の当たりにしたオノダが慄くが。
ククククク……。
「っ⁉」
誰かの不気味な笑い声がかすかに聴こえた気がした、その直後だ。
チャキ……と、剣を抜く音を聴いたロミオが、すぐに背後を振り向くと……!
キィィイイイン! 甲高い金属音が現場に響く。
視線の先には、太刀を抜いたオノダと斧を持った謎の男。
「!」
……ロミオは斧を持つその男の顔に見覚えがあった。
「夜闇に紛れて奇襲とは……恥を知れいっ!」
「――失敬。これが我らの〝常套手段〟なのでね……」
「オノダ、危ねぇ! 避けろ!」
「っ⁉」
ズシィィイイイイン!
今度は二人の頭上から、重い何かが落ちてくる。
バキバキ! と地面が割れる音と共に、その大男が面を上げる……。
「お前は……〝怪力のブルース〟!」
「グルルルルルル……」
大男……ブルースは白目を剝きながら、獰猛な魔獣のような呻り方を上げている。
既に理性はなく、もはや人の言葉すらも忘れているような、そんなヤバさを感じた。
「ははは……マジの本物だなコリャ」
一昨日のドランクタウンの酒場にいたゴードンとは、まるで雰囲気が違っていた。
ロミオは冷や汗を流しつつ、昨夜宿の寝具の上で眺めていた手配書を思い出す。
『 《WANTED》
NAME: ディラン
ALIAS:〝闇討ちのディラン〟
BOUNTY:80,000,000SHELL
REMARKS:闇の精霊・アンブラと契約』
『 《WANTED》
NAME:ブルース
ALIAS:〝怪力のブルース〟
BOUNTY:80,000,000SHELL
REMARKS: 力の精霊・マハトと契約』
「グロッキー兄弟だな?」
――グロッキー兄弟。〝絶望〟アダムの有名な子分の二人。
かつて所属していた魔法族ギルドを皆殺しにし、以後、快楽殺人鬼として名を揚げた極悪コンビである。
数年前よりアダムの子分となり、日々メキメキと力を上げてきている悪の超新星……。
「そういう貴方は〝英雄〟ですね? お噂はかねがね……」
ディランはククク……と笑いながらロミオに会釈する。
「この者共を知っておるのか?」
「俺が探してた男の子分だよ。お前らがここにいるってことは……〝絶望〟もこの島にいるんだな?」
「ククククク……!」
笑いを強めながら、ディランは答えた。
「――ええ、いますよ?」
「居場所を教えろ!」
「グルルルル……グオオオオオオオオオオッ!」
「ロミオ!」
次の瞬間……ブルースが右腕を大きく振り被って、ロミオの側頭部をとらえる。
ボコォォオオン!
「……ぐはっ……!」
建物の壁に頭を強打したロミオ。
続いて――。
「よそ見ですか? ずいぶんと余裕ですね」
「⁉」
バキィィイイン!
「が……っ!」
ディランがオノダの脇腹に鋭い蹴りを入れる。
ロミオとオノダは苦悶の表情で地に伏した。
「ブルース!」
「グオオオオオオオオオオ!」
そんな二人に、ディラン&ブルースは追撃を加える……。
――〝ムーンサルト・エルボー〟。
グロッキー兄弟は路地の両脇の壁をダダダ! と勢いつけて駆け上がると、両者同時に壁を蹴り……真下にいるロミオ&オノダ目掛けて強烈な肘打ちを命中させる!
ズドォォオオオン!
「おぉえ……っ‼」
メキメキと全身の骨にきしむ音が二つ……。
あまりの衝撃に白目を剥いたロミオは、飛びかける意識の中で――。
(――なんだコリャ……っ! 想像以上の化け物だ! 子分でこの強さなのかよっ……!)
賞金稼ぎになるずっと前から追い続けてきた因縁の相手、〝絶望〟。
ここにきてやっと見つけた彼への手がかり、〝グロッキー兄弟〟。
……そして。
今日までの人生、因縁、希望、野望……それら全てが崩壊する程の敵の強さ。
ロミオが突き進んできた道の果てにあったのは、地位も、名誉も、金も、全部が役に立たない――――純粋かつ残酷なまでの〝力〟だった。
「オノダ……」
目の前の現実に対し、ロミオは――。
「……まだ立てるよな?」
――さらなる闘志を燃やすのであった!
「無論だ……!」
ロミオ&オノダ……二人の〝戦士〟は再び立ち上がる。
強敵を前にした彼らの目には、メラメラと激しい炎が燃えさかっていた。
「ほぅ……これで立ち上がるんですね」
「グルルルルル……」
不敵に笑いながら、ロミオは言う。
「流石のコンビネーションだな。闇からの奇襲で敵をひるませ、単純な馬鹿力でトドメを刺す……まさに異名通りのグロッキーな戦法だ」
続いてオノダも眼光を鋭くしながら。
「だが、我らを初手で討ち漏らしてしまった。……これも貴様らにとっては想定内か?」
ディランがクククと悪戯に笑って。
「いやあ……想定外ですね♪ これは楽しい時間が過ごせそうだ――」
「グオオオオオ‼」
ついに、正々堂々〝二対二のタッグ戦〟が幕を開ける……かと思われたが。
「――と言いたいところなのですが、残念。我らは光を疎み、闇に紛れる存在……もうすぐ忌まわしい夜明けがやってきます」
ディランがそう言った直後、血溜まりの死体の山に朝日が差しかかり……。
『あっ! おい、あそこだ!』
遠くの方から見回り中らしきシュバリエたちが現場に駆け寄ってくる。
「では、我らはこれにて失礼……」
「おい、逃げんな!」
ディラン&ブルースは闇の中へと消えていく。
「ああ、それと〝英雄〟さん」
完全に姿を消す直前、ディランはこんな捨て台詞を残していくのだった。
「我ら相手に手こずる貴方では、あのお方には敵いませんよ?」
「……!」
現場に残されたのは、ロミオとオノダ……そして数十人の死体の山。
『賞金稼ぎロミオ、異国の剣士オノダ! 〝連続通り魔事件〟の犯人はお前らだったのか!』
慌てて否定するロミオたちだったが……。
「は⁉ 違ぇし!」
「誤解でござる!」
「言い訳無用っ! お前らにはレオパルド父子に怪我を負わせた前科がある! 神妙にお縄につけぇ!」
そう叫んだ若き女シュバリエは水流の大砲を放つ。
『私は五月雨のシェリー!』
『巻き風のフラン!』
『地割れのボブ!』
『血飛沫のアマンダ!』
『早撃ちのエルザ!』
各々名乗りを上げたシュバリエたちは続けざまにロミオとオノダを狙う……。
「クソッ! 逃げるぞオノダ!」
「うむ! ……ぐっ」
オノダの動きが一瞬止まる。
直後。
『〝麻酔弾〟』
ドドッ! と早撃ちのエルザがロミオ&オノダに二発の麻酔弾を撃ち込んだ。
「「っ!」」
その二発の弾は見事に命中し・・・そのまま二人は地面にバタリと倒れこむ。
薄れゆく意識の中で、ロミオはそれでももがく――。
(畜生……! せっかくアイツの手がかりを掴んだのに……!)
――絶対に、〝絶望〟だけは俺の手で……。
時が過ぎ……その日の午後〇時。
中心街【エスプル・ハルディン】ギルド本部前の掲示板には、二枚の手配書と共に号外新聞の一面が貼られていた。
タイトルは……。
《〝連続通り魔事件〟の犯人二名を逮捕! 新人エース『AIGIS』大手柄‼》
「うそ……どうして……」
クラブの女将から買い出しを任されたメルは、その記事を見て呆然としていた。
『賞金稼ぎが逆にお訪ね者になって捕まるとはなぁ……』
『てか、この剣士なんでポニーテールなの?』
メルは未だに信じられずにいた。
二人の実力はこの目で確かめた。
とてつもなく強い二人だった。
なのになぜ……。
考えていても分からない。
でもメルの心には一つの確信があった。
それは……。
(この二人は、絶対に犯人じゃない!)
すると、ギルド本部の表扉から一人のシュバリエが出てきた。
メルはすぐに駆け寄って。
「あのっ!」
『? なんだ?』
「通り魔の犯人……本当にあの手配書の二人で合っていますか? 別の人って可能性はないんですか?」
『ハァ……あのな。AIGISが現場を発見した時、死体の山のすぐ側にあいつらがいたんだ。……それに、あの二人はレオッパルド父子相手に事件を起こしてる。犯人と見て間違いないだろう』
「でもそれって状況証拠なんじゃ……人殺しの瞬間は誰も見てないんですよね? なら――」
『しつこいぞ! そのボロ服……お前ロストガールだな?』
「え……」
『よそ者がこの島の秩序に口を出すな!』
ドカッ! とシュバリエがメルを蹴飛ばす。
「きゃあ!」
尻もちをついたメルに冷たい眼差しを送ると、シュバリエはそのままどこかへと去っていってしまった。
「……」
いつ、どこで、誰と話していても、自分にはロストガールという肩書きがついてまわる。
誰も自分の話なんて聞いてはくれない。
「……っ」
また泣きそうになるけれど、今度のメルは泣かなかった。
(今の私には、何の力もない。だから、あの二人を救うことはできない……)
今の自分にできること。
それは……。
「買い出しに行こう……!」
多少強引に気持ちを切り換えて、メルは目の前の仕事をこなすことにしたのだった……。
一方、ギルド本部最奥の城の庭園に居たソフィア。
「――あなたは、誰?」
彼女の前には、ぼんやりとした異形の怪物が立っていた。
……。
黒装束を身に纏い、顔は骸骨のようだ。
その姿は、まるで死神。
異形の怪物はソフィアの前に手をかざす。
――Memento mori。
ソフィアは気を失って、パタリと倒れた。
異形の怪物は、スッとどこかへと姿を消していく。
島中のあちこちで自然がみるみる生命力と色鮮やかさを失っていく。
農夫が言った。
『嘘だろ……? 作物が、全部枯れてる……?』
シスターが言った。
『ああ……なんだか不吉な予感がするわ……』
マッチ売りの少女が言った。
『ソフィア、様……?』
人々の心がざわめく。妙な胸騒ぎだ。
これはきっと、何かの凶事の前兆であると……。
そして、夜が来る。
「……はぁ」
メルはとぼとぼと道を歩いていた。
彼女の向かう先は、夜の職場……中心街の人気高級クラブ『May Day』。
昼間に買い出しを終わらせたメルはその後、何人かのシュバリエに声をかけてみたが、どうやら結果は芳しくなかったようだ。
一昨日のドランクタウンでの一件ほどではないものの、いくら気持ちを切り換えようとしても、やはり落ち込んでしまう。
考えても仕方のないことが、頭の中をループする……。
否、頭では分かっていても、心が追いつかないのだろう。
そんな心境の中、メルはクラブの裏口に着いた。
――May Day。
ネバーランド随一の会員制高級クラブ。
客層は国内外の裕福な商人や人気の職人など、島に集う金持ちが主であり、この島を統括するシュバリエたちも御用達だ。
酒もサービスも超一流で、眉目秀麗なホスト・ホステスが多数在籍している。
メルはこのクラブの新人見習いであり、数ヶ月前に偶然酒場に立ち寄った女将が彼女に声をかけたのだった。
裏口から店内に入り、そこから左側手前から二番目の扉を開くと。
ガチャ。
『お~メルち、おっは~!』
『……おはよう、メル』
『……』
「おはよう、皆」
従業員は皆、夜でも『おはよう』と挨拶するのが基本であった。
メルは自分のロッカーの鍵を開け、着ていたボロの給仕服を脱ぐ……。
すると、同僚の三人の少女の一人、サラが話しかけてきた。
『なんか今日のメルち……落ち込んでない?』
「え……」
『私、人の悩みとか聴くの好きなんだ~♪ ね、聞いてもいいっ?』
「う、う~ん……」
戸惑うメルを見たもう二人の少女たち、シンディーとエミリーがサラを制止する。
『やめろよ、サラ。メルはお前を楽しませるために悩んでるワケじゃない……』
『あはは! ヤだなシンディー、ちょ~と気になっちゃっただけだもん♪ メルちいつも明るいしさ~』
『……サラは人の噂、すぐに広める』
『エミリーひっど~い! 私そんなに口軽くないよ⁉』
『……軽いよ?』
アハハハと、殺風景なロッカー室がにぎやかな空気に包まれる。
その空気の温かさに絆されたメルは、彼女たちにここ数日の出来事を打ち開けるのだった。
「実はね――」
ドランクタウンでの『ダニエル様ハンマー投げ事件』、オノダとガンドロフの決闘、昨夜の夜道での会話。今日の昼間見た掲示板のこと……。
そして、それらすべての出来事に関わっているトラブルメーカー、ロミオのこと。
上手く言葉に出来ない部分もあったが、ここ数日で起きた自分の心の変化も含め、大事な部分は伝えられたはず……。
そんなメルにシンディーが問う。
『……惚れたのか? 英雄〟に』
「ええっ⁉」
『マジ⁉ メルちにもついに恋の季節が⁉』
『……もしかして、初恋?』
彼女たちから向けられたあらぬ疑いに、メルは慌てて否定した。
「ち、違うよ! そういう事じゃなくて……え~と、なんていうか……気になる人、というか……」
年頃の少女四人。この手の話題で盛り上がるのも当然であった。
その場に少しばかりの青春の香りが漂い始める……が。
『やめとけ』
シンディーが、その爽やかな空気を容赦なくぶち壊すのだった。
「?」
『賞金稼ぎなんて、ロクな生き方しちゃいないよ。……元殺し屋からのアドバイスだ』
サラとエミリーが膨れっ面で言う。
『なんてこと言うのさ~っ! 友達の恋だよ⁉ 応援してあげようよ~っ!』
『……初恋は、一生の思い出になる』
しかし、シンディーは頑なに態度を変えようとしない。
『〝英雄〟の名はアタシも知ってる……裏社会でも有名だからね。あの男にはどこかのヤバい魔法族ギルドと繋がってるって噂がある』
「⁉」
『この島に来たのだって、何かしらの工作活動の目的もあるのかもしれない。他にも黒い噂は山ほど……』
「そ、そんなこと!」
『あるわけない? そう言い切れる根拠は?』
「……ない、けど」
『仮に噂が全部デマだったとして……この島で揉め事の渦中に居続ける問題児。関わるメリットはゼロだ』
「うん……」
シンディーはホステス衣装の胸元からマッチ箱と煙草を取り出し、喫煙を始めた。
『あんたの恋模様なんか、正直どうでもいいけどね。でも……覚えときな』
「……」
『万が一あんたがそいつの仲間とみなされる事態になった時、この店の看板に少しでも傷がつくようなことがあれば――――アタシはあんたに何するか分からないよ?』
「!」
ジリジリ……と煙草の先を燃やしながら、凄んだ口調でそう言い放ったシンディー。
その場の空気が凍りつく……。
『ちょ……怖いって! シンディ~!』
『……シンディーの殺し屋モード……!』
サラとエミリーが震え上がる中、ロッカー室の扉がギィ……と開く。
女将である。
『アンタたち、さっさとホールに来な。シンディーとサラは末席で接客、エミリーはカクテルの用意、あとメルは私と入店した店の案内。いいね?』
はい! と、元気良く返事をした四人。
メルもホステス衣装に着替え終わり、四人の少女たちはぞろぞろとロッカー室を後にするのだった。
店内はひたすら煌びやかな空間だ。
赤と黒を基調とした内装に、豪華な装飾のシャンデリア。
最大三〇〇名着席可能な広大な面積のホールであり、カウンター席の向こうには国内外の数々の名酒が並んでいる。
(いつ見てもすごいなぁ……)
ドランクタウンの酒場『コルクの家』とは正反対の場所だ。
カラン、カラン……。
「!」
メルがホールに出てすぐ、新しい客が入ってきた。
「――いたたた……おいっ、しっかり支えろよポンコツ!」
『も、申し訳ございません……』
「今日はあの忌まわしいロミオ逮捕の祝い酒だ! 僕が全おごりしてやるから、全員馬鹿騒ぎしろよ!」
『『ゴチになります! ダニエル様!』』
メルと女将が客案内のため、店の正面入口へと早歩きで向かうと。そこにいたのは十人のシュバリエ……。
「あれ、君は一昨日の酒場にいた……」
「げ」
彼らの真ん中にいた人物は――全身包帯ぐるぐる巻きの、ダニエル・レオパルドだった。「へぇ……衣装、似合ってるじゃないか。〝馬子にも衣装〟ってやつか」
「い、いらっしゃい、ませ……」
顔を引きつらせながら、メルはぎこちなくそう言った。
すると。
「おい、女将!」
『はい、何でございましょう?』
「指名変更だ! 今日はこの女を僕につけろ!」
「⁉」
『⁉』
店内がザワめいた。
……通常の場合、ホスト・ホステスの指名変更は不可能だ。店内での従業員間の揉め事を避けるためなど理由は様々だが、本来口に出すまでもない暗黙のルールなのである。
しかし……。
『ダニエル様。恐れ入りますが、この娘……メルはまだ接客に関しては教育中でして……』
「僕がダニエル・レオパルドでも、返事は同じか?」
『……お席にご案内致します。どうぞこちらへ……』
「フフフ……賢明な判断だ。レオパルドに逆らってもよい未来はない。あの灰被り頭がいい例だ」
『メル、しっかりやりな。基本は全部教えたわよね?』
「……はい」
それからダニエル一行が通されたのは、店の最奥にあるVIP席だった。
取り巻きのシュバリエに支えられながら、ゆっくり黒革のソファに腰かけたダニエルは。
「女将、この店で一番高い酒を持ってこい!」
『かしこまりました』
「……」
メルはうつむいたまま沈黙している。
「ふぅ……まあ緊張せず楽にしなよ。って言っても無理か! アハハハ!」
少ししてから女将が持ってきた酒のボトルの栓を開け、ダニエルにお酌をするメル。
「いやぁ、気分が良い。最高だ。ほら、君も飲めよ」
「……はい」
ダニエルに促されるままに酒をあおるメル。
その酒はひどく強く、一口飲んだだけでも頭がクラクラしてしまう……。
そんなメルを置き去りにして、ダニエルは得意げな表情で続ける。
「そういえば、あの灰被り頭を捕まえたAIGISも誘ったんだが……あっさり断られたよ。『褒美も勲章もいらない。我らは任務を全うしただけ』……だってさ。無欲な連中だよ」
ダニエルはそれからグビッとグラスを傾けながら。
「しっかし……あの灰被り頭にこの僕がやられっぱなしってのも、なんだかシャクに触るなぁ……」
「……」
「〝連続通り魔事件〟の被害規模からして、その罪だけでも間違いなく死刑だろう。あ、そうだ! どうせなら公開処刑にして、僕がアイツの首斬ってやろうかな! ドランクタンの、あの大通りのド真ん中で!」
「……」
「僕って完璧主義者だからさ、何でも自分の思い通りにいかないと嫌なワケよ。だから、気に入らないヤツがこの世に生きてるってだけで耐えられないんだ、分かるかな?」
「……」
「そんな僕の華麗なる人生に泥を塗った初めての男……ロミオ! 僕はアイツを絶対に許さない……! 人類が思いつく限りの最悪の死に方をさせてや――」
「あの……」
強い酒を飲んだせいか、少しずつ語気を強めていったダニエルをメルが止める。
「ん、なんだい? 何か飲みたい酒でも――」
「……〝完璧〟ってそんなにいい事なんですか?」
「は?」
各々にホスト・ホステスと会話をたのしんでいたシュバリエたちが静まる。
「僕言ったろ? この世界には二種類の存在が――」
「強ければ何してもいいなんて、そんなわけないじゃない……!」
どうやら、メルも酔っているようだ。
心の中に押し込めていた思いが今、爆発する。
「弱くて不器用で、卑屈で臆病で……それでも皆、毎日自分や家族、友達や周りの人の為に頑張って生きてるんです! お父さんに甘えながら生きてきたあなたなんかより、そういう人たちの方が何百倍もかっこいいんだからっ‼」
「っ……!」
バシンッ!
「ああっ!」
『何してんだメル! やめろ客だぞ!』
ダニエルにビンタされたメルは、床に倒れ込んだ。
「フーッ、フーッ!」
『落ちついて下さい、ダニエルさん! まだ体が……!』
「水商売の貧乏女のクセに生意気な……! 望み通り殺してやる! お前の命を奪う事くらい今の僕でも造作もないことだ!」
怪我人でありながら暴れようとするダニエルを、取り巻きたちが制止する。
そんな中……。
カラン、カラン……。
『! いらっしゃいま、せ……?』
立て込んだ状況の中で動揺しながらも、一人のスタッフが新たな来客を出迎えるが。
その人物は……真っ黒なローブに身を包んでいた。
『あ、あの~失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか? 当店は会員制のクラブでして……』
「……」
ローブの人物は、店員を無視して店の奥へと歩き出す。
『お、お客様っ困ります……!』
それを見ていたシュバリエが、酔っ払った状態で、その人物の前に立ちはだかるが……。
『おいお前……ヒック……店に迷惑かけんじゃねえよ。そんな薄汚ねぇローブ着てよ……ウップ』
「……」
『どこの誰か言ってみろよ、ええ? ヒック……何の仕事してんだ? 金ちゃんと持ってんのか……?』
すると……ローブの男は威圧的な声色で、こう言った。
「――誰に口をきいている……?」
と、その男が突然シュバリエの頭を凄まじい握力で掴み、メキメキと頭蓋骨を粉砕していく!
『ぎゃああああっ‼』
店全体に響き渡る声で叫ぶシュバリエ。
それから男は……そのシュバリエの頭を思い切り床へと叩きつけたのだった……。
ダンッ!
床に大きな亀裂が走る。
シュバリエは……シンと、音も立てず静かに横たわったまま動かなくなっていた。
店内はもう大騒ぎだ。
ワー、ギャー……。ワー、ギャー……。
「……? 入口の方が騒がしいな」
やや落ち着いたダニエルが視線を入口の方へと向けると。
『ダニエルさんっ!』
「!」
一人のシュバリエが別席からやってくる。
『今すぐ逃げて下さい! 貴方だけでも!』
「何が起きている!」
『たった今、突然入ってきた黒づくめの男に……シュバリエたちが次々とやられています!』
数分後――クラブの店内に静まりかえっていた。
たった一人……黒いローブの男が店の奥のソファに座り、逃げた客のテーブルに残された酒を飲み始める。
「なんだこの安酒は……クソッ」
パリン……。
「俺のいない間にこんなクソつまらねえ店もできてたとは……平和気分ってのは嘆かわしい」
その男――アダムはローブを雑に脱ぎ捨てた。
「この店は煌びやか……だが、所詮は俗物。王族のまねごとをする金持ち共の空虚な施設だな」
「そういや昔……この島に伝わる古い童話を聞いたことがあったな。確か――」
「――島に巣くう呪いの怪物を、永遠の命を持つ少年が倒す話……だったか?」
「来ねえもんだな……永遠の少年。ずっと待ってんだけどなぁ」
この世の退屈を呪い、浪漫のない日常を恨み、情性に満ちた生活を恨む。
それでも、アダムは求め続ける……。
破滅に満ちた戦慄を、非日常を、刺激を、解放を。
そして、アダムは待ち続ける……。
永遠の少年の登場を――。
一方、メルを含む店員たちは外へと避難していた。
「……何が、起きてるの……?」
メルが裏口から外に出ると、町中で火の手が上がり、大騒ぎだった。
シュバリエたちが大慌てで町中を駆け回っている。
近くに居たシュバリエに話しかけるメル……。
「あの……何があったんですか?」
『襲撃だ。あの二人は確か〝グロッキー兄弟〟とかいう……〝絶望〟の子分……!』
「え⁉」
(〝絶望〟って……ロミオさんが追ってた賞金首の……っ!)
『おい、こっちにも怪我人居るぞ!』
『いや、ギルド本部が先だ! 早く戻れ! ソフィア様が庭園で倒れているぞ‼』
どうやら、ソフィアも何者かに襲撃されて倒れているようだ。
つまり、いまこの国には外敵を止められる抑止力は完全に居なくなったわけである。
店員たちと共に避難しようとするメルだったが……。
うわああああん……パパ~……。
「……!」
近くのどこかから、親とはぐれた子供の声が聞こえてくる。
メルは、とても耳が良かった。
その声がする方向へと、自然とメルの体は吸い寄せられていった……。
『あれ……メル? おーいっ、メルーッ! メルーッ!』
元殺し屋の同僚の少女、シンディーがメルを呼ぶが……もうそこにはメルの姿はなかった。
『あの子ったら、どこ行きやがった……!』
その頃、グロッキー兄弟はAIGISと交戦していた。
ロミオ&オノダを捕まえた島の英雄の彼らだが……全く歯が立たなかった。
それは、一方的な蹂躙だった。
若く勇敢で、将来有望なシュバリエたちが、一人、また一人と散っていく。
ディラン&ブルースは彼らを捕まえ、その腕をもぎ、斧で首を斬り……。
リーダーの早撃ちのエルザ、副リーダーの血飛沫のアマンダ、地割れのボブ。
五月雨のシェリー、巻き風のフラン……。
彼らはこの日、凄惨な死を迎えたのだ。
クラブの同僚たちから離れてしまったメルは、先ほどの声の子供を見つけた。
『う……うわあああああああああああん……』
「……っ」
その子供の父親は……石造りの建物の瓦礫の下敷きになっていた。
「セ……セイ、ヴァーー……いや、ロミオさん……っ!」
メルは決心した。
何としてでもロミオを牢獄から出して、〝絶望〟討伐を依頼することを。
そして、メルはギルド本部へと走り出す……。
ギルド本部――地下牢獄。
「だー、かー、らー! マジで俺じゃないんだって!」
『じゃあほかに誰がいるってんだ! 言ってみろ!』
「しらねえわ! テメェらまじでポンコツだな!」
『何だとゴラア!』
「やってやんぞゴラア!」
ロミオは魔導具で拘束された状態で、威圧的な取り調べを受けていた。
『あのっ! 取り調べ中に失礼致しますっ!』
『ああ? ……なんだよ』
そして取り調べの最中の捜査官のシュバリエが何かを耳打ちされると、みるみるうちに彼の顔が青ざめていく……。
「……?」
『と……取り調べはここまでだ。一旦、牢に戻れ……っ!』
すぐに取り調べは中断され、牢獄へと戻されたロミオ。
しかし、シュバリエはあまりに動揺していたため、牢の鍵をきちんと閉め忘れてしまう……。
混乱に乗じて牢から出たロミオ&オノダは、装備品や刀を回収して地上に出ると。
ボオオオオオオオ……。
ワー……ギャー……。
「なんだ、これ……」
「よからぬ事が起きているようだな……」
ギルド本部の外の通りは大騒ぎだった。
すると。
「ハァ……ハァ……ッ!」
向かって左の方から、包帯グルグル巻きのダニエルがよたよたと走って逃げてくる。
ドカッと、ロミオは足を突っかけると……。
「いだっ!」
……すぐにダニエルの胸ぐらを掴み、彼を怒鳴りつけた。
「なんでお前が逃げてんだ!」
「……ロミオ、何をしている」
ロミオの剣幕に、ダニエルは声を震わせながら言う。
「わ、分かったからさ……お前、正しかったんだな」
「何の話だ……!」
「通り魔の犯人、お前らじゃなかったんだろ⁉ いたんだよ、お前が言ってたヤバい奴が……!」
「いた……って、もっとはっきり言え!」
「〝絶望〟がこの島にいたんだよ‼」
「!」
「僕はこの体だ! 絶対死ぬに決まってるんだ! 逃げなきゃ……うわあああああああああっ‼」
胸ぐらを掴むロミオを火事場の馬鹿力で振りほどいたダニエルは、そのままどこかへと逃げていく。
「あっ、おい待て!」
「追うなロミオ! あの怪我人は放っておけ!」
制止するオノダ。
「でもよ――」
「そなたが傷つけたのだろう? 今為すべき事は他にある!」
……ドオオオオオオンッ……。
「「!」」
オノダがそう言った直後、左の方角のどこかで爆音がした。
二人は目配せをした後、ダニエルが逃げてきた方向へと走っていった。
メルはギルド本部に向かって全力で走っていた。
「はぁ……はぁ……!」
ワー……ギャー……。ワー……ギャー……。
「……っ」
断末魔の音色、住人たちの悲痛な叫び、怒り、哀しみ、憎しみ、恐怖。
一つ、また一つ……命の灯火が消えていく。
グロッキー兄弟は今もなお暴れ続けている。
アダムはクラブから出て暴れながら中央広場の方へと歩みを進めていた。
(あの角を曲がれば……!)
その時、メルはもうギルド本部の側面の道を走っていた。
「あっ」
足を引っかけ、転ぶメル。
パリィン……。
「いたた……。あ、懐中時計が……っ!」
どんな時も肌身離さず持っていた懐中時計。
それは、何も持たないメルにとって……たった一つの宝物。
故郷に居た母親の形見だ。
「っ……うぅ……」
壊れた懐中時計を見て、我慢していた色んな感情があふれ出す……。
……そんな時、後ろから誰かが声をかけたのだ。
「――メル?」
「!」
振り向くと、そこにはロミオがいた。
彼の後ろにはオノダも……。
だが、メルの目から涙が止まることはない。
「どうしてお前は泣いてんだ……?」
「ロミオさんって、〝魔法族の天敵〟なんですよね……?」
「……」
「あなたが羨ましい……」
「……!」
「私だって、本当は自分で戦いたい。でも、無駄なことくらい分かります……」
メルは続けざまに。
「弱くて臆病で、卑怯で卑屈で、そのくせ想う理想ばっか高くて……賢さも強さも、私には全然ないのに。惨めな自分が……不器用で世間知らずな自分が……情けない……!」
「手の届く範囲すら守れない私ができること……あなたに私の全てを捧げます」
「命も、お金も、望むならこの身も……私の全てを」
すると、メルは衣装の胸元から全財産の入った布袋を出し、ロミオの前に差し出した。
「だからお願いします。〝英雄〟さん。アダムを……〝絶望〟を倒して島を救ってください」
「――」
その時のメルの零す涙の粒が、ロミオには――まるでダイヤモンドのように輝いて見えたのだった。
だが……ロミオはその布袋をメルに突き返す。
「こんなはした金じゃ、俺は雇えないよ」
「お願いします……受け取って下さい……」
「ていうか……そもそも、さ」
「……?」
「〝絶望〟は俺の獲物だぜ? お前は貧乏だけど、悪いが賞金は全部俺のものだ!」
「……!」
ザッ、ザッ……。
カラン、コロン……。
二人の〝戦士〟……ロミオとオノダは踵を返して決戦に向かう。
「あ……それと、さ」
歩み出したロミオが一瞬、その場に立ち止まって。
「俺、軟弱な弱者嫌いだけど」
それから、満面の笑みで言った。
「メルみたいな不器用なお人好しは好きだぜ?」
「っ……!」
涙に濡れるメルの瞳がきらりと瞬く。
「フッ……天邪気な男よ」
相棒のオノダは、そう言って静かに笑うのだった。
ネバーランド中心街、中央広場近くのメインストリート。
〝絶望〟……アダムは今、そこにいた。
住人たちが逃げ惑う中、シュバリエたちと、そしてその後ろにはロストボーイたちが農具や包丁、棒きれを持って構えている。
海外で魔法族同士の戦いを間近で経験した彼らは肝が据わっているのだった。
現在、アダムと交戦しているのは……昨日オノダにあしらわれた〝月下三人組〟の三人である。
『もうやめろ、デイジー! 死んじまうぞ!』
『早く逃げろっ!』
『ハァ……ハァ……』
オリバーとマークは倒れ、デイジーがフラフラの状態でアダムに立ち向かっている。
『オオオオオオオオオッ!』
二人の制止を無視し、デイジーはアダムへと突撃していく。
『たあっ!』
ドゴッと、デイジーの拳がアダムの左頬を殴るが……。
「……虫ケラが」
『っ!』
デイジーの腹に、アダムが蹴りを入れる。
ダァァアアアン!
『ぐあ……っ!』
建物の壁に思いきり叩きつけられるデイジー……。
彼女の体はもう限界……いつ意識が途切れてもおかしくない状態だ。
その時。
『おねえちゃんっ、がんばれーっ‼』
『……!』
振り向くと、そこにいたのは自分が怒鳴り、殴りつけた昨日の万引き少年。
(私を応援してくれるのか……? 君にあんなにひどいことをしたのに。……アタシ、馬鹿だなぁ。なんでこんな優しい子のことを、あんな風に痛めつけて……! 今になって、自分が恥ずかしい……っ)
デイジーは朦朧とした意識の中で、それでもアダムを真っすぐ見据えるが……やがて視界が歪んでゆく。
そして、ついには少しずつ体が後ろへと倒れていくのだった……。
気を失った後、オリバー、マーク、そして自分はきっと死ぬのだろう。
(結局、何も守れないくせに偉そうな態度ばっか取っちゃったな……。せめてあの子に償いをしたかった……でも、もうダメだ)
『ごめんね……ほんとに、ごめん、ね……っ……』
『『デイジィィイイイイイイイイッッ‼』』
気を失って倒れるデイジー……。
響き渡るアダムの笑い声。
しかし。
ガシッ。
「――よっと」
そんなデイジーの背中を誰かが受け止める。
その人物に、その場にいた人々の視線が集まる。
「昨日のモグラジジイにヘコヘコしてた三下三人組……だと思ってたが、結構根性あったんだな」
『『お、お前……っ、手配書の……』』
「見くびっててすまん! よく持ち堪えたなっ、グッジョブ!」
ニカッ! と人懐っこい笑顔で彼らを褒めるその人物は。
「……誰だ、お前は」
「――」
アダムの問いかけを無視し。
……ヒュン! と宙を舞った。そして――アダムの側頭部を思いっ切り蹴りつけた。
「……⁉」
ガシャアアアン!
『『なっ……!』』
驚く周囲の人々。
「痛えな、畜生……」
((き、効いてる……! シュバリエがあれだけ魔法使ってもダメだったのに!))
しかし……すぐに首をバキバキと鳴らしながら立ち上がるアダムだった。
そんな彼に、その人物はこう言ったのである。
「もし俺のことを忘れてんなら、今からたっぷりとお前の記憶の中に刻みつけてやるよ」
それから、その青年は堂々とした口調で、極めて快活な声で、名乗りを上げた。
「俺の名はロミオ! さすらいの賞金稼ぎにして、これからお前を倒す英雄の名だ‼」
続けて。
「ここで会ったが百年目……じゃなくて十二年ぶりだな、アダム! いや――〝絶望〟‼」

